ダイオウイカの謎(山田海人さんの記事より)
※この記事は海洋学者・山田海人さんの記事転載です。
ダイオウイカの謎
ダイオウイカとは?
ダイオウイカ Architeuthis 属 は世界中の深海に生息し、体長6~18mにもなるイカ類の中で最大のイカです。
巨大イカ(コロッサル スキッド)の発見
深海へ潜るマッコウクジラの大好物であるダイオウイカが謎に包まれているのは、生息数は多いと言われているのに自然の状態で観察された例が極めて少ないことからです。
これまで自然の状態で観察された例は、科学博物館の窪寺氏が小笠原沖などで撮影した数例だけであること、そしてこの巨大生物はどのようにして餌を捕っているのだろうか、マッコウクジラとのバトルはどんな様子なのかなどダイオウイカへの興味は尽きないところです。
ダイオウイカの学名・英語名
学名は日本周辺で見つかるものはArchiteuthis japonica と呼んでいますが、アメリカでは Architeuthis dux と呼んでいます。
英名は、Giant Squid と呼ばれています。
ダイオウイカの形態
体長は最大で18mにも達します。体重は 1000㎏ になります。これまで最大サイズは2個体の標本が得られています。2個体とも体長 18m、体重は1トンでした。
最近ダイオウイカの子供も確認され、この個体はニュージーランド沖で採集されています。
ダイオウイカの生息水深
水深200~1000m(3000m)に生息する。
日本 ニュージーランド、南アフリカ、アメリカ、ノルウェー、ニューファンドランド
○頭部:頭部と言われるところは、目と目の間で、精密な脳が収められ、緻密な神経がそこから走っている。
○目:動物界で最大の目(直径25㎝、バレーボールサイズ)を持っている。この目は前に回転して獲物との距離を判断することができる。さらに生物発光のわずかな光でも見つけられるようです。
○フィン:この種ではフィンが小さめなもので、遊泳の際のバランスを取っている。
○外套:体の大部分を占めるもので、ほとんどの内蔵器官を包んでいる。
○腕(8本):2列の吸盤が並んでいる。
○触手(2本):餌となる生物を捕獲するための伸縮自在の触手は折ることができ、これによってより正確に獲物を捕らえることができる。触手の先には吸盤が4列に並んでいて、ノコギリ状の歯列のある鋭いキチン質でできています。大きな吸盤がついていてこれで獲物を捕まえている。これまでの最大の吸盤は、昔の捕鯨時代のマッコウクジラの皮膚標本から直径45㎝もの大きな跡が確認されている。
この触手は生殖器官でもある。
○漏斗:多目的なチューブで、呼吸、移動のためのジェット水流、墨の吹き出し、産卵の際の卵の扱い、老廃物の放出に使用している。
○成長:卵は5ミリほどの大きさで、外側はゼラチンで被われています。そして3年で成熟すると言われています。
ダイオウイカは食べられるのか?
ダイオウイカの体は他の深海生物と同様にアンモニアの浮力を利用しているため、体内にアンモニア(濃いアンモニア塩基)が多く、これは毒ではありませんが食用にはなりません。試食を試みた研究者は「苦く、恐ろしい素材の味でした。」とコメントしています。
私も相模湾での潜水実験のおり、採集した深海のツメイカの試食を試みましたが、ダイオウイカ同様にアンモニアの影響で、切り身を口に入れても”まずい塩辛の味”、”何か重い切り身の感覚”がして、呑み込むのが大変でした。船内の宴会でヤリイカやスルメイカの切り身と一緒にツメイカの切り身を出してみましたが、見た目は同じでも見事にツメイカの切り身だけが残ってしまいました。
ダイオウイカの目撃例
ダイオウイカの目撃例を調べてみました。
1861年11月、カナリア諸島から出航したフランス汽船”Alecton” は海面にクジラより大きな生き物を発見して発砲し、体後部の一部を持って帰り、学会にはじめてダイオウイカの存在が明らかになりました。
1878年11月2日、Timble Tickle 沖で頭から口まで6m(20f)、触手は10m(35f)ものダイオウイカが見つかり、双方をたせば16mにもなる大物でした。
1965年にはソビエトの捕鯨船が海面で40トンものマッコウクジラとダイオウイカのバトルを観察しています。これは海中でのバトルが長引いて、息をしに海面に浮上してからもバトルが続いていたもののようです。ダイオウイカの頭はすでにクジラの口の中にあったようで、壮絶なバトルでマッコウクジラが勝利を収めましたが、捕鯨船にモリを打たれてしまったようです。
1930年代にノルウェー海軍のタンカー”Braunswick”(15000トン)はダイオウイカに3回攻撃されています。しかし、最後はプロペラに巻き込まれてダイオウイカは死にました。
このように、海面に浮いてきたダイオウイカは、海中の暖水にあうとこの温度がダイオウイカの浮力メカニズムに影響を与え、浮き上がってしまうようで、暖水の中では潜降できなくなっているようです。また、ダイオウイカの血液は高温では酸素が運べなくなることも発見されて、温かい海面ではやがて死んでしまうようです。
ダイオウイカを撮影する試み
今、自然の姿のダイオウイカを撮影しようと動いているグループがあります。それはスミソニアン研究所の動物学者 Clyde F. E. Roper 博士のグループです。博士はフロリダの Fort Pierce 研究分室でダイオウイカの研究を担当している学芸員で、40年近くダイオウイカを研究しています。
Clyde F. E. Roper 博士の研究によると、ダイオウイカは水深300m~1000mに生息していますが、まだ生きた状態では誰も見たことがありません。これまでの標本は、海岸に漂着したもの、マッコウクジラの胃の中から見つけたものでした。
しかし最近の10年間は、これに加え、漁業用のネット(deep commercial fishing nets)で見つかることが多くなってきました。ですがダイオウイカは視力も良く、知恵もあって、敏捷なので捕まるのは病気であったり、動きのにぶいものであったり、愚かな個体であったりします。ですから映像を撮るにはなかなか手強い相手なのです。
生きたダイオウイカの撮影は、他の専門家も協力して行われています。もちろんスミソニアン研究所の十名を超えるチームとマサチューセッツ工科大学のAUV研究チーム、そしてナショナルジオグラフィックのチームが参加しています。
使用する潜水装置は、フロリダの Harbor Branch 海洋研究所の潜水船 “Johnson Sea-Link” と “Deep Rover” です。
“Johnson Sea-Link”の名は発明家の Edwin Link と慈善家の Seward Johnson Jr.の名前から付けられてものです。”Johnson Sea-Link”と”Deep Rover”も大きなアクリル観察窓があり、視界も良く、特別な照明とカメラを備えて水深1000mまで潜航が可能です。
1997年1月、”Johnson Sea-Link”はニュージーランドの南島沖の Kaikoura Canyon(この場所は険しい渓谷でマッコウクジラが多く生息しています。しかしこれまで調査は行われていない海域でした。)でダイオウイカの撮影を試みたのですが、どうもスラスター音と照明で回避されてしまい、観察することもできず撮影することもできませんでした。この後、2月3月には”Deep Rover”による2回目の挑戦が行われましたが、これもダイオウイカに回避されてしまいました。
さらに Clyde F. E. Roper 博士はマッコウクジラの尾ヒレに”crittercam”と呼ばれるカメラを付けて潜水中の頭部方向の撮影を試みましたが、不幸にもダイオウイカは撮れていませんでした。このカメラは2~3時間後にクジラから離れて浮く仕組みになっていました。
これまでダイオウイカの撮影に成功した例は1件だけです。国立科学博物館の動物学者窪寺恒己氏が撮影に成功したもので、2005年9月27日の科学雑誌「ネイチャー」に掲載されました。これによると2004年10月下旬に、小笠原諸島沖水深900mに吊されたイカとすりつぶしたエビを入れたバッグを下げたフックに全長8mのダイオウイカが掛かったものです。この様子がオートカメラで撮影されたもので、この映像が自然状態でのダイオウイカの最初の撮影となりました。 窪寺先生は
その後もNHKの協力を得て、高感度カメラで撮影を続け、自然状態のダイオウイカの撮影に成功しました。
マッコウクジラとのバトル
(深海でのマッコウクジラとのバトルは誰も見たことがないので、ここでは私の推考で書いています)
マッコウクジラは体長18mにも達する地球上で最大の肉食獣です。このマッコウクジラの大好物が同じ体長18mにもなるダイオウイカです。マッコウクジラは深海へ潜水する能力があって、オスでは1000mから3000mも潜ることが知られています。
先日、小笠原のマッコウクジラの潜降・浮上の様子をNHKで放映していましたが、潜降の様子では-50㎏ほどの浮力で滑空し、浮上は+20㎏ほどの浮力で浮上しているように見えました。この水中重量の差はどうしているのでしょうか? 体積を変えているのか? 謎が深まります。
音でダイオウイカを探している
暗い深海でマッコウクジラはエコロケーションと呼ばれる”クリック音”を使っています。水中では音が一秒間に1500m届くので、その音を発してから戻ってくる音を聞き分けて餌を探しています。大きなダイオウイカですから、ワシがはるか上空からウサギなど見つけているように100~500m上空(?)でダイオウイカの存在が判るのでしょう。潜降中に餌を見つけるまではゆっくり旋回しながらクリック音を出して餌を見つるのでしょう。
見つけたらマッコウクジラはフィンキックをするのではなく、滑空状態で音もなくダイオウイカに降りて近づきます。おおきなマッコウクジラが空から滑空状態で突然近づくのですから、餌の魚など大きな目で探しているダイオウイカも気がつかないようです。
ダイオウイカに20mほど近づいたマッコウクジラは、幅を狭めた、強い圧縮音をダイオウイカの大きな目に向けて放ちます。この強い衝撃音はダイオウイカの緻密な脳や神経にダメージを与え、大きな体が鈍い反応しかできなくなってしまいます。(この圧縮音による摂餌はイルカでも確認されています。)
ダイオウイカは体長18mもある巨大なイカで、アンモニアの浮力と大きな漏斗によるジェット水流で移動しますが、大きいあまり、餌の魚など移動して探すと動く気配に気がついて逃げられてしまいます。
したがって動かずに待ち伏せ状態で、優れた視力の大きな目と巧みな触腕(折れている)を使って餌を捕っていると考えられます。
ここに珍しい報告があります。第二次世界大戦の折、沈没船からの生存者達が海面に浮いていたところ、ダイオウイカが現れて海面の生存者を攻撃したとのことでした。海面でもこのようにダイオウイカが餌を捕ることがあるのかも知れません。
ですから、スラスター音や強い照明を持った潜水船や深海ロボットにもダイオウイカは反応して、ゆっくり回避しているようです。ダイオウイカの撮影は付加価値が高く、博物館やテレビ局がこれまで何回も撮影に挑戦していますが、さらに通常の調査潜航でもダイオウイカの映像が撮れない理由は、潜水船やロボットからは簡単に回避できる能力があるためでしょう。
そんな回避能力に優れたダイオウイカでも、マッコウクジラには簡単に見つけられてしまうのです。
マッコウクジラの下顎には2列の強力な歯が並んでいます。
上顎はその歯が納まるくぼみがあるのみで上顎には歯はありません。
マッコウクジラの圧縮音でしびれたダイオウイカを下顎で攻撃し、急所は頭部ですから、ここに鋭い歯を当てて攻撃します。グッタリしたダイオウイカのフィンのある頭からマッコウクジラの小さな口に入れば勝負ありでしょうか?
これまで捕鯨船がマッコウクジラの腹部を開いたところ、生きたダイオウイカがそのまま出てきています。ダイオウイカを小さく裂いて食べているわけでなく、一匹を丸呑みしているのです。
ダイオウイカにされたくないこと
マッコウクジラからみれば、苦手はダイオウイカの大きな口にある鋭いカラストンビ(吻)に目や頭の先端にある鼻など咬まれないことだけでしょう。これまでのマッコウクジラに付いた吸盤の跡を見ると、小さな口からダイオウイカが呑み込まれないように、吸盤で張り付く最後の抵抗のようです。
制限時間のあるマッコウクジラ
マッコウクジラの潜水能力は水深3000mほどを60分もの長い時間を潜水できる高い能力がありますが、1回の潜水で、ダイオウイカを探す、圧縮音を当てる、ダイオウイカを攻める、ある時は逃げるダイオウイカを追いかける、大きなダイオウイカを小さな口から呑み込む、吸盤で張り付いた触手を呑み込むなど制限時間では終わらないと、海面までバトルが続くこともあるでしょう。また、浮力のあるダイオウイカを呑み込むことで海面に向かうマッコウクジラの浮力にプラスになります。
しかし、こんなに苦労して深海へ潜り、大きなダイオウイカを探して食べなければならない理由は何でしょうか? もっと浅い海域で簡単に捕れる餌があるのではないでしょうか? 謎は深まるばかりです。
竜涎香 Ambergris
マッコウクジラの胃の中にはダイオウイカのクチバシ(カラストンビ)などの未消化部分が残ります。このクチバシは腸など傷つけるので、四番目の胃袋に貯めて、時折口からクチバシだけを吐だします。それでも間違って、腸へ入ってしまったクチバシは腸を傷付ける危険なモノとして、腸の中で油などの粘膜に囲まれ、さらに時間が経過すると油で真珠のように厚く包まれて、排泄物として肛門から出てきます。これが”竜涎香(りゅうぜんこう)”です。
全てのマッコウクジラが排出するわけではないので、病気のマッコウクジラが出すのではないか、ともかくごく一部のマッコウクジラの”ウンチ”が竜涎香と呼ばれ、軽いので海に浮いて空気に触れて成分が変わるのか、長く海を漂っていたものが高く取引され、ある時期は金の8倍もの価格で取引され、今は金と同等の1グラム20ドルで取引されています。
2006年の1月には南オーストラリアで15㎏もの竜涎香が漂着しました。この竜涎香は香水や芳香や媚薬などに大昔から使われ、高い商品として、3300万円が発見者の手にはいりました。
投稿者プロフィール
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マッコウクジラの排泄物が海を漂流し岸辺に打ち上げられた、貴重な竜涎香(りゅうぜんこう)の日本国内での流通を生み出す活動をしております。
環境や人の心と身体が健やかになって行くことを願い、龍涎香の広報や研究・鑑定、商品開発などを行っております。
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