深海へ潜るマッコウクジラ(山田海人さんの記事より)

※この記事は海洋学者・山田海人さんの記事転載になります。

地球上最大の肉食獣マッコウクジラ 

クジラの中でも下顎に大きな歯を持つマッコウクジラは、地球上最大の肉食獣として知られていますが、その生態は謎に満ちています。オスは大きくなると体長18m、体重50トンもの大きさになり、脳は9キロと巨大な頭脳を持っています。メスは体長12m体重18トンとやや小ぶりですが群れを率いているのがメスです。商業捕鯨が禁止されてマッコウクジラの資源は回復しつつあり世界の海に200万頭ものマッコウクジラが生息しています。
マッコウクジラの身体の特徴は大きな頭で身長の1/3が箱型の頭になります。…
長さ5mほどの下顎には50~60本の歯が生えていて、歯は18センチもの長い円錐形で重さは900グラムもあります。口を閉ざすと歯は上あごのソケットに収まり、上顎には歯はありません。こうした特異な身体で深海へ潜って好物のダイオウイカや大型のタコなどを食べています。

オスのマッコウクジラは深く潜ることで知られていますが最初にこの潜水能力に気づいたのは水深1,000mもの海底ケーブルに絡まって死んでいるのが発見されてからです。今ではデータロガーが取り付けられて水深3,200mまでの潜水が記録されたり、平均水深は1,200mであったり、1時間もの潜水時間があることが知られています。

イルカが超音波で仲間の姿や障害物を見るエコーロケーションは有名ですが歯クジラであるマッコウクジラもこのエコーロケーション機能を持っています。しかし、鬚クジラにはこの機能がありません。マッコウクジラが深海で餌のダイオウイカを探す行動にはこのエコーロケーション機能が重要な役割を果たしています。

獲物であるダイオウイカはマッコウクジラ以上に謎の生き物でこれまで深海で生きている姿はほとんど見られていません。ときたま弱ったダイオウイカが海辺に打ち上げられているのが見つかる程度です。これまでアメリカのスミソニアン博物館のダイオウイカ研究者がニュージーランド海域で無人探査機や潜水調査船を駆使してダイオウイカの撮影に何度も挑戦していますが、まだ影すら撮影できていません。世界で最初にダイオウイカの自然の姿を撮影したのは国立科学博物館の窪寺先生だけです。

ロボット技術が進歩して深海にも多くの深海ロボット(無人探査機)が調査活動を行っていますが賢いダイオウイカは深海ロボットなどの光や騒音をキャッチして決して視界に入ろうとしません。マッコウクジラが200万頭いるのですからその餌になるダイオウイカの数を想像すると、なぜ姿が見えないのか不思議ですね。18mもある巨大な生き物が人目に触れずに深海に多く生息しているのです。

人にはなかなか探せないダイオウイカもマッコウクジラには簡単に見つけられているようです。私達ダイバーも潜る前に目標を見つけてから潜るようにマッコウクジラも水面で早くもダイオウイカの存在を確認し、潜り始めます。ダイオウイカは水深1,000mほどに生息しているのでマッコウクジラは潜降中も音を発してエコーロケーションでダイオウイカを確認して潜って行きます。

一方、賢いダイオウイカも大きな身体を維持するために深海の大型魚などを鋭い視覚と敏捷な動きで捕食していますのでマッコウクジラの接近に気がつけば逃げてしまいます。
想像の域ですが、マッコウクジラはダイオウイカに近づく際、尾びれのフィンキックはせずに滑空状態で上から突然に襲っているようです。こうして暗黒の深海に潜むダイオウイカをエコーロケーションでしっかりとらえて近づくともう一つの武器である圧縮音を炸裂させてダイオウイカをしびれさせてしまうのです。しびれたダイオウイカをとマッコウクジラのバトルは深海で行われていますがバトルが長引いて海面でのバトルが目撃された例もあります。体長18mどうしのバトルですから凄い迫力だったようです。
こうしてマッコウクジラは大きなダイオウイカを小さな口から飲み込んでしまいます。捕鯨が盛んであった頃、マッコウクジラを捕獲すると胃の中から生きたままのダイオウイカが出てきていました。マッコウクジラはバトルを終えて水面に息をしている間に捕鯨船に撃たれるのですから、まだダイオウイカが生きていて当然です。
オスのマッコウクジラは獲物のダイオウイカを捕まえるために苦しい想いをして深海へ潜っていますが餌の獲れない子供やメスのためにダイオウイカの肉片を与へている様子も観察されています。

マッコウクジラは抹香鯨と書くように超高級な動物性香材を作りだしています。

その香材の名前は竜涎香(りゅうぜんこう)、英語でAmbergris アンバーグリスと呼ばれています。竜涎香はマッコウクジラが食べたダイオウイカの未消化部分であるイカのクチバシが腸に刺さると特殊な脂肪が分泌されて腸から剥離されるものと言われています。ですから1,000頭に1頭ほどの割合で作りだされる極めて貴重な香材です。昔の人は“鯨糞”とか“竜糞”と呼んでいました。正にマッコウクジラの排泄物の一種です。

竜涎香は脂肪の塊ですから海面に浮きます。排泄されて5年、10年と海面を漂って太陽の紫外線を浴びたり、空気に触れて酸化したりすると品質が向上し高価な竜涎香になります。やがて海辺に打ち上げられた竜涎香はビーチコーマーによって拾われます。商業捕鯨が禁止された現在、竜涎香を提供できるのはビーチコーマーだけです。

17世紀の沖縄は国をあげて漂着物である竜涎香を探す文化があり、そして世界に高い品質の竜涎香を輸出していました。そのために役人は海辺を通って竜涎香を探しながら通わせたり、町民には御触を出して竜涎香を見つけたら役所へ届ける、見つけた人には大量のコメを与えるなど通達していました。こうして見つけた竜涎香は役人立会で厳密に計測され、木箱に納められて琉球王府へ集められ輸出されていました、記録によると1644年に17箱、1710年に50袋、1718年2箱、1748年に2200袋1790年に150袋などと記録されていますので周年にわたって多く産出していました。

最近のニュースで何度か竜涎香が取り上げられています。2006年にオーストラリアの海岸で約15㌔もの竜涎香が見つかり、日本円にすると三千四百万円もの大金を手にしたと言う記事、カリブ海で2005年に30キロもの竜涎香が見つかったことや、2006年8月に英国の北ウエールズでも竜涎香でゴールドラッシュのような騒ぎになった記事などがあります。

どうやらマッコウクジラの資源が回復して以前より竜涎香が拾えるようになったのかも知れません。

投稿者プロフィール

ambergrisjapan
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マッコウクジラの排泄物が海を漂流し岸辺に打ち上げられた、貴重な竜涎香(りゅうぜんこう)の日本国内での流通を生み出す活動をしております。
環境や人の心と身体が健やかになって行くことを願い、龍涎香の広報や研究・鑑定、商品開発などを行っております。